課金を入れるとゲームバランスの調整が難しくなる。新しいガチャキャラが出るたびに、自分が育てたキャラが相対的に弱くなる。やり込み要素を用意しても、そこがPay to Win(お金を払えば上位に行ける状態)になったら興ざめする。だから最初から外した、という順番です。
では、見ている数字は何なのか。
課金ゼロなら、何をKPIにするのか?
リリース2日目の時点で、イケハヤさんが追っている数字はひとつだけでした。会員登録です。
「まずKPI的にはもう明確にこの会員登録を完全に重視してますね。というかもうここ以外見ないようにしてるぐらいの感じかもしれないですね」(イケハヤさん)
実数は会員登録が約2,900人。そのうちメール登録率が約9割で、お知らせを送れる相手が約2,500人。継続率やリテンションはあえて見ていないそうです。
理由がはっきりしています。
「今ゲーム作るのすげえ簡単になってるんですけど、新しいゲームができたこととかゲームのアップデートを伝えるのがすごいこれから難しく、今もそうなんですけどめっちゃ難しいわけですよね」(イケハヤさん)
作るコストが落ちた分、伝えるコストが相対的に跳ね上がった。だから届け先のリストを積む。ご本人は自分のメールマーケのリストを3万件、Substackで約1万件持っていて、そこで食べている部分もあると言います。資産と見ているのは、次の一本を届けられる相手の数です。
AIで何か作りたい個人にとって、ここは真っ先に効く話です。作れる量が増えるほど、出口の名簿が効いてきます。
制作費150万円の内訳はどうなっているのか?
一番聞きたかった原価です。ご本人が画面を開きながら、その場で数えてくれました。
| 項目 | 金額(本人の発言ベース) |
|---|---|
| LLM(Fable 12アカウント + Codex 1) | 月およそ40〜50万円 |
| 素材生成(動画・画像) | 7月 約1,300ドル / 8月 約1,600〜1,700ドル |
| ピーク月の合計 | 素材だけで月50万円ほど |
| リリースビルドまでの総額 | 約150万円 |
Fableは1アカウントが約3万5千円で、7月と8月は12アカウント。素材生成は1日あたり約6,000円のペースで走っていました。
「もろもろ丸っと見ると150万ぐらいで多分作れてるんではないかなっていう感じでしょうかね今のこのリリースのビルドでいうと」(イケハヤさん)
つまり、月々の固定費がほぼ全部で、人件費の欄がありません。
比較対象として、過去にミニゲームを外注したときの見積もりも教えてもらいました。運用なしで1,000万円スタート。AIが出る前の話なので当時としては妥当、という前置き付きです。
9月からはAstraを導入して、構成が変わりました。現在はAstra 4アカウント + Fable 2アカウントの計6本で、「半分以下で回せそう」とのこと。
「Astraがすごい、やっぱりトークンの消費の効率が非常にいいので、Fableほど消費はしないですね」(イケハヤさん)
素材側も追い風が吹いています。fal経由の動画生成モデルが新しくなり、費用が「マジで10分の1くらい」、全体でも5分の1になったと言います。画像もミディアム品質からロー品質に落として済むようになった。半年前の相場で試算すると、たぶん大きく外します。
AIツールはどう使い分けているのか?
ここがAI PICKS読者の本丸です。工程ごとに担当が分かれていました。
- Codex: いまの基本。雑に投げて長時間走らせるタスク担当
- Fable(Claude): 7月8月のメイン。対話しながら詰める開発
- Gemini 3.8 Flash: ボイスの誤読チェックとプレイ動画の分析
- SUNO: BGMと主題歌。本人が1〜2日で大量に出して選ぶ
Codexの使い方がいちばん参考になります。夜通し8時間デバッグさせているという話の中身は、驚くほど単純でした。
「まあ、でもめちゃくちゃ雑に投げてるだけです、基本的にはね」(イケハヤさん)
ゴール設定をして、徹底的に点検して、と伝えるだけ。特殊なプロンプト(AIへの指示文)は組んでいません。
「実装性が異常に高いので、本当に朝起きたらまだやってるみたいなことがちょいちょい実際ありましたね」(イケハヤさん)
ただし本人は「多分トークンを無駄に燃やしながらやってる」とも言っています。朝まで走らせられるのは、枠が余っているからです。効率の話とは別の順番です。
Geminiの起用理由が地味に面白い。ほとんど使っていなかったのが、3.8 Flashで変わったそうです。
「妙に耳がいいのでTTSの発音の誤読の確認とかは何気にGeminiの3.8フラッシュがすごい優秀なんですよね」(イケハヤさん)
2,950本のボイスの下読みを全部Geminiに通し、アクセントの修正まで出させる。動画のマルチモーダル分析も強いので、プレイ動画を渡してオンボーディングの改善案を出させることもあるといいます。早くて安い。
判断材料としてはこうです。長時間の自走はCodex、詰めながら作るのはFable、音と動画の検品はGemini。一番いいモデルを 1 つ選ぶ発想は捨てて、役割で割る。

人間の手はどこに残ったのか
「実質ひとり」の中身を分解してもらいました。ここが記事の背骨です。
キャラクターデザインは人間の仕事でした。原案は5年前からクリプトニンジャのキャラを描いているリツ先生。そこからテスターの意見を聞きながら、イケハヤさん自身が変えていく工程があります。於兎のように、原案では男の子だったキャラもいるそうです。
音は本人。SUNOで何百曲も作ってきた蓄積の延長で、1〜2日アレンジを回して決める。
そして、いちばん人の時間を食ったのが検品でした。
「いまだに全然いまだに一番いいモデルを使っても素材が普通に破綻するししかもそのためにコストも発生するししかも見落としが普通に出るんでこれはまだ怖いですね」(イケハヤさん)
指が4本、6本、手が2つ生えている。2Dグラフィックが多い作品なので、その量が膨大になります。約800人のテスターからのフィードバックがなければ回らなかったと、はっきり言っていました。
「今度全部チェックするの実質不可能ぐらいの素材数になっちゃうんで、もうテスターの皆さんの目がないと無理ですね、今回はね」(イケハヤさん)
ボイス2,950本も、Geminiに下読みさせたうえで最終的には全部自分の耳を通しています。
ここまでの整理として、人間が残ったのは4つ。キャラの意思決定、音の選定、生成物の検品、そして目安箱の全返信です。残ったのは全部、良し悪しを決める作業です。
時間を溶かした落とし穴は何だったのか?
「AIでゲームを作るのは落とし穴しかない」という発言の中身を聞きました。3つと言いながら、5つ出てきました。
1. 同時並行の衝突。 これが一番くだらなくて、一番痛い。
「Claude Code立ち上げてミニゲーム4つ同時並行でミニゲームとかを作ってたんですよねそうするとめちゃくちゃ後で衝突してマージするときにぶっ壊れるってことを2日間くらいやってしまって」(イケハヤさん)
人間なら物理的にできないことが、Claude Codeのようなエージェントだとできてしまう。だから干渉する機能を同時に走らせてしまう。いまは「ストーリーの部分の画像生成」と「ミニゲームのロジック調整」のように、確実にぶつからない領域だけを並行させているそうです。
2. リップシンクのパイプライン。 召喚ムービーでキャラが名乗る演出のために、口の動きとセリフを合わせる工程が難航しました。クレジットも時間も相当溶かして、最後はFableが「すごいちょっとした技術を発明してくれて」抜けたと言います。
3. ストア申請。 AIを使っても、ここは思い通りにいきません。月蝕綺譚も本番ビルドが一度リジェクトを受けています。ヘルスキット関連の規約が理由でした。Steamは書類の不備でまだ申請が通っていないそうです。
4. 開発機の故障。 48GBのMacBookが起動しなくなりました。メモリが常に逼迫しCPUもフル稼働という状態が続き、OSの起動ファイルが壊れたのではないか、というのがFableとAstraに原因追及させた結論です。セーフモードでも復旧せず、クリーンインストール。1日分のデータが消えました。
いまのバックアップ体制はこうです。
- Cloudflare R2へresticで3時間ごと
- Googleドライブにクローン
- SSDにTime Machine
- さらにバックアップが動いているかの監視
「ここはもっと早くやりたかったですねっていうのはありますね」(イケハヤさん)
5. セーブデータの巻き戻り。 配信ミスでテスター3名のセーブデータが消えました。発生はリリースの約1週間前。ここで詫び石(ガチャチケット300枚など)を個別のユーザーID単位で配るしくみと、サーバー側でセーブデータを保持する経路を作っています。本番前に起きたから助かった、というのが本人の総括でした。
つまり、溶けた時間のほとんどはAIの賢さと関係のない場所にありました。
AIチャットを1日1回25文字にしたのはなぜか
作品内の「千夜」は、キャラクターと会話できるAIチャット(AIキャラクターチャットの一種)です。1日1回、入力は25文字まで。約30キャラに実装されています。
原価の都合かと思って聞いたら、違いました。中身はChatGPT系のモデルです。
「どう考えても悪いことする奴らがいるじゃないですか、ライザーのチャットじゃないけど。あれをやらせないためには基本的にはもう、文字数を減らすのが多分一番簡単ですよねっていう話なんで」(イケハヤさん)
安全側の判断です。実際、原価はほぼ問題になっていません。テスター期間の実測で1人あたりの会話は平均1回、1チャット0.2円。全ユーザーが毎日1回話しても1人0.6円です。
防御はほかにも積んでいます。英数字を入力できないようにして、プロンプトインジェクション(AIへの指示文に偽の命令を混ぜる攻撃)を封じる。典型的なエロ系ワードも手前で弾く。さらに手前での振り分けを追加する構想もあるそうです。
キャラの人格は、AIが作っています。ベースの性格だけ人が決めて、1,000字以内のペルソナファイルはAIが生成。30体もいるので本人も全部は読んでいないそうです。
「僕も知らないようなパーソナリティを結構ね、この子たちに会話してると結構、お前そんな好きだったんだみたいな、好物とかも勝手にいい意味で入れてくれていたりします」(イケハヤさん)
年齢制限13+での審査は、AIチャット周りでは何も引っかからなかったとのこと。iOSもAndroidも通っています。
入力欄を削るのが最短の安全策。これは個人開発でチャット機能を載せる人が、そのまま真似できる設計です。
無名のひとりが同じことをできるのか?
ここは率直に聞きました。X49万フォロワー、テスター800人、クリプトニンジャのIP、広告予算1,000万円。これを全部外したら何が残るのか。
「いやー、ないでしょ。これうちなんで真似できないと思います。いろんな意味で」(イケハヤさん)
即答でした。理由は開発速度だけではありません。原案のリツ先生が自分のイラストをAIに読み込ませてよいと言ってくれる人であること。コミュニティ全体がWeb3の話に普通についてくること。そして本人がマーケターであること。
「マーケティングは本当にとにかく命ですよね面白いゲーム作ったらバズるとかそういう世界でももちろんでいないでしょって感じがするんで」(イケハヤさん)
では、明日ゲームを公開したい人は何から考えるべきか。答えは企画でした。広告の出し方は後です。配信者に遊んでもらえる形を、企画の段階から設計する。「配信映えするところから企画する」という言い方をしていました。
有料のAIツールを1つだけ契約するなら、という質問への答えはAstraです。ただし本人も、いま新規契約が止まっていることに触れています。
それでも、この作品で伝えたいことははっきりしていました。
「こんなのが一人で作れるんだったら私にも作れそうだっていう風に思ってくれる人がたくさん出るといいなって思って」(イケハヤさん)
半年後の成功条件も、自分のDAUではありませんでした。ゲームポータルに現在7本ある作品に、他のクリエイターのゲームが年末までに10本ほど並ぶこと。そこが目標だそうです。
AI PICKS編集部の判定
数字を出し惜しみしませんでした。画面を開いて素材費をその場で数え、Fableが12アカウントだったことも、開発機が壊れて1日分が消えたことも、ミニゲーム4本の衝突で2日溶けたことも自分から話しています。制作費150万円という数字は、成功譚ではなく明細として受け取れます。
一方で、再現性については本人が最初に否定しました。IP、49万フォロワー、800人のテスター、1,000万円の予算。どれも一朝一夕では用意できません。「AI課金だけで誰でも作れる」という読み方をすると、確実に外します。
読者が持ち帰れるのは、金額ではなく工程の割り方です。干渉しない仕事だけを並行させる。バックアップは開発と同じ優先度で先に組む。生成物の検品には人の目を残す。長時間の自走と対話での開発でモデルを分ける。この4つは、予算が10分の1でも成立します。
なお、トークン配布の法務整理については、他プロジェクトでリーガルチェック済みという回答までで、誰が確認したかは取れていません。景品表示法についての言及もありませんでした。ここは未確認として書き残します。
FAQ
Q. 月蝕綺譚はどのプラットフォームで遊べますか?
App StoreとGoogle Playで配信されています。2026年9月19日配信開始で、無料・広告なし・課金機能なしです。Steam版は書類の不備で申請がまだ通っていないと、収録時点で本人が話していました。
Q. 開発に使ったパソコンのスペックはどれくらいですか?
48GBメモリのMacBookで開発していましたが、メモリ逼迫とCPUのフル稼働が続いた末に起動不能になりました。次は128GBの端末を導入予定とのことです。AIエージェントを複数同時に走らせる前提だと、メモリは多いほうが安全側に振れます。
Q. 本体が熱くなるという不具合は直りますか?
収録時点で認識済みで、次のビルドで修正予定と答えています。裏側の処理のメモリ消費を約40%減らしたそうです。不具合の報告は作品内の目安箱で受けていて、イケハヤさんが全部自分で読んで返信しています。
次に読むならこれ
AIでゲームを作る側に回るなら、AIゲーム開発のカテゴリをまとめて眺めるのが早いです。今回の記事は「ひとりで出し切った人の家計簿」なので、その前段にある道具の選び方や工程の組み方は、カテゴリ内の他の記事で補えます。
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各ツールの公式サイト(一次情報)
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- Claude Code — 公式サイト(AI PICKSの詳細)
- OpenAI Codex — 公式サイト(AI PICKSの詳細)
- Gemini — 公式サイト(AI PICKSの詳細)
- Suno — 公式サイト(AI PICKSの詳細)
- fal.ai — 公式サイト(AI PICKSの詳細)



